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首页吾輩は猫である十一 - 2

十一 - 2

        「迷亭君、君の碁は乱暴だよ。そんな所へ這入(はい)ってくる法はない」

        「禅坊主の碁にはこんな法はないかも知れないが、本因坊(ほんいんぼう)の流儀じゃ、あるんだから仕方がないさ」

        「しかし死ぬばかりだぜ」

        「臣死をだも辞せず、いわんや 肩(ていけん)をやと、一つ、こう行くかな」

        「そうおいでになったと、よろしい。薫風南(みんなみ)より来って、殿閣微涼(びりょう)を生ず。こう、ついでおけば大丈夫なものだ」

        「おや、ついだのは、さすがにえらい。まさか、つぐ気遣(きづかい)はなかろうと思った。ついで、くりゃるな八幡鐘(はちまんがね)をと、こうやったら、どうするかね」

        「どうするも、こうするもないさ。一剣天に倚(よ)って寒し――ええ、面倒だ。思い切って、切ってしまえ」

        「やや、大変大変。そこを切られちゃ死んでしまう。おい冗談(じょうだん)じゃない。ちょっと待った」

        「それだから、さっきから云わん事じゃない。こうなってるところへは這入(はい)れるものじゃないんだ」

        「這入って失敬仕(つかまつ)り候。ちょっとこの白をとってくれたまえ」

        「それも待つのかい」

        「ついでにその隣りのも引き揚げて見てくれたまえ」

        「ずうずうしいぜ、おい」

        「Do you see the boy か。――なに君と僕の間柄じゃないか。そんな水臭い事を言わずに、引き揚げてくれたまえな。死ぬか生きるかと云う場合だ。しばらく、しばらくって花道(はなみち)から馳(か)け出してくるところだよ」

        「そんな事は僕は知らんよ」

        「知らなくってもいいから、ちょっとどけたまえ」

        「君さっきから、六返(ぺん)待ったをしたじゃないか」

        「記憶のいい男だな。向後(こうご)は旧に倍し待ったを仕(つかまつ)り候。だからちょっとどけたまえと云うのだあね。君もよッぽど強情だね。座禅なんかしたら、もう少し捌(さば)けそうなものだ」

        「しかしこの石でも殺さなければ、僕の方は少し負けになりそうだから……」

        「君は最初から負けても構わない流じゃないか」

        「僕は負けても構わないが、君には勝たしたくない」

        「飛んだ悟道だ。相変らず春風影裏(しゅんぷうえいり)に電光(でんこう)をきってるね」

        「春風影裏じゃない、電光影裏だよ。君のは逆(さかさ)だ」

        「ハハハハもうたいてい逆(さ)かになっていい時分だと思ったら、やはりたしかなところがあるね。それじゃ仕方がないあきらめるかな」

        「生死事大(しょうしじだい)、無常迅速(むじょうじんそく)、あきらめるさ」

        「アーメン」と迷亭先生今度はまるで関係のない方面へぴしゃりと一石(いっせき)を下(くだ)した。

        床の間の前で迷亭君と独仙君が一生懸命に輸贏(しゅえい)を争っていると、座敷の入口には、寒月君と東風君が相ならんでその傍(そば)に主人が黄色い顔をして坐っている。寒月君の前に鰹節(かつぶし)が三本、裸のまま畳の上に行儀よく排列してあるのは奇観である。

        この鰹節の出処(しゅっしょ)は寒月君の懐(ふところ)で、取り出した時は暖(あっ)たかく、手のひらに感じたくらい、裸ながらぬくもっていた。主人と東風君は妙な眼をして視線を鰹節の上に注いでいると、寒月君はやがて口を開いた。

        「実は四日ばかり前に国から帰って来たのですが、いろいろ用事があって、方々馳(か)けあるいていたものですから、つい上がられなかったのです」

        「そう急いでくるには及ばないさ」と主人は例のごとく無愛嬌(ぶあいきょう)な事を云う。

        「急いで来んでもいいのですけれども、このおみやげを早く献上(けんじょう)しないと心配ですから」

        「鰹節じゃないか」

        「ええ、国の名産です」

        「名産だって東京にもそんなのは有りそうだぜ」と主人は一番大きな奴を一本取り上げて、鼻の先へ持って行って臭(にお)いをかいで見る。

        「かいだって、鰹節の善悪(よしあし)はわかりませんよ」

        「少し大きいのが名産たる所以(ゆえん)かね」

        「まあ食べて御覧なさい」

        「食べる事はどうせ食べるが、こいつは何だか先が欠けてるじゃないか」

        「それだから早く持って来ないと心配だと云うのです」

        「なぜ?」

        「なぜって、そりゃ鼠(ねずみ)が食ったのです」

        「そいつは危険だ。滅多(めった)に食うとペストになるぜ」

        「なに大丈夫、そのくらいかじったって害はありません」

        「全体どこで噛(かじ)ったんだい」

        「船の中でです」

        「船の中?どうして」
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